姫君のお出かけ<お出かけ中>

 本日晴天なり。
 興之助は森の入り口でまっていた。予定ではここで待ち合わせだった。
 思っていたよりすんなりといったのは、妖ノ宮の後見が伽藍であったことも関係あるだろう。
 この話を持っていったとき、彼は森より出ようとしない妖ノ宮を心配していたのか、良いことだとさえ言っていた。コレは問題なかった。
 ただ、妖ノ宮に悪い遊びを教えるなと釘を刺されたのが心外だった。良き兄のように振舞っているつもりですと答えたら妙な顔をされた。
「同じような遊びに興じているようにみえるのだがな」
 と評されたのには伽藍が伊達に年を取っているわけではないと初めて興之助は思った。
 そんなことを思い返しながら木陰に立っていると遠くから、足音が二つ聞こえてきた。
「直々に見送り、ねぇ」
 どこがお忍びなのよ。近づいてくる二人の姿をみながら興之助は思う。
 妖ノ宮はご機嫌な気持ちが上滑りしているような笑顔で伽藍と腕を組んでいる。
 伽藍はといえば、娘を男にとられておもしろくない父親という顔、と表現するのが、一番良い気がする。妖ノ宮は興之助の姿を認めると伽藍を見上げてにっこり笑った。
「行って参ります。お土産はなにがよいですか?」
「そのようなことを気に留めずとも良い。おぬしが民の暮らしを知ることが一番の土産だ」
 そうは言いながらも伽藍の尻尾がゆらゆら揺れているところを見ると、土産発言は相当嬉しかったようだ。もしここに興之助がいなければもっと相好を崩していたかもしれない。
 妖ノ宮は人をたぶらかす才能がおありだ。
 それは、記録されていたが実際見るとなんともいえない気持ちになる。興之助は咳払いをした。そうでもしなければ、伽藍が興之助を無視し続けそうな気がしたのだ。
 妖ノ宮はなにごともなかったように伽藍から手を離す。それに伽藍はさらに顔しかめながら、日暮れまでには戻すように、ときっちり釘を刺す。
「必ず」
 戻さないと二度と通してくれそうにない気がする。興之助はそれは困るのだ。
 伽藍は妖ノ宮に気をつけるようにくどくど言って、気が済んだのか森の奥へ戻っていった。
「いきましょう?」
 伽藍のことを頭の隅から追い出して、興之助はにっこり笑って彼女に告げた。それ自体はいつものこと以上ではなかった。
 だが、妖ノ宮の顔がなぜか、見る見るうちに赤くなっていった。
「姫さん、どしたの?」
 そういったら、ばしばしと無言で叩かれた。
「なに? どうしたの? 俺悪いことした?」
 すべてに返答はなかった。
 全く意味がわからない。興之助は、諦めてそれ以上の言葉を口にするのをやめた。
 妖ノ宮に背中を押されるままに町へと繰り出すことになる。

 それは、夜光が悪いのだ。
「本日は晴天。雲ひとつないな」
 森を出て幾分過ぎ、妖ノ宮の顔のほてりも収まってきた頃彼はそう切り出した。
 そういいながら興之助は番傘を持っていた。興之助は少し前を歩いているせいかその表情はわからない。
「でも、振るのね」
 当たり前のような顔で妖ノ宮は返答した。未来を読む、ならば、それくらいやってのけてもおかしくはない。ただし、天候を読むのは彼だけではない。農民でも同じ地に住み続けていれば、長年の経験で図れる。
 だから、いつものようにごまかすと思っていたのだ。未来を読むといいながら、明言を避けどこか茶化してしまう。
 ペテン師なのか、本物なのか、わからないように振舞うことが彼自身を守ることを知っているように。
「ああ、降るんだ」
 それはひどく生真面目な声だった。そして、全く振り返らなかった。
 妖ノ宮は眉をひそめた。隣に並んでいればせめて表情は知れただろう。今となっては知ることも出来ないが。
 そのとき、ぽつりと雨粒が落ちてきた。
「な、言ったとおりだろ?」
 今度は、振り返って笑った。妖ノ宮は自分の顔が赤くなるのを感じた。自分の意思を裏切るようにどきりとした胸をそっと押さえる。
 夜行が妙なことを言ったから、意識してしまう。自分が、もう子供でもないことも、相手が、男、であることも。
 遠い知り合いでしかなかったはずなのに、どうしてここまで近づいてしまったのだろうか。
「元気ないな。楽しみにしてたんじゃねぇの?」
 覗きこんでくる興之助にますます顔をが赤くなることを自覚する。そして、気がついた。興之助は、ちゃんと私の顔をみてくれていた。興之助自信にとって都合の悪いとき以外は。
 それが嬉しかったかもしれない。
「楽しみだけど、雨なのが残念ね。今度は晴れているときにね」
 興之助はうんざりしたような顔で番傘を広げた。
 たぶん、彼はそれほど嫌がってもいない。
「ほら、入って。きれいな着物が濡れる」
 こちら側に多く傘を傾ける優しさは嘘ではないと思えたから。
「では、失礼して」
 それに嘘つきはお互い様だ。
 目の前には町の入り口が見えていた。

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