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姫君のお出かけ<準備中>
妖ノ宮から手紙が来たのは、町に行く話がでてから数日後のことだった。
使いのものから手紙とあわせて小袋も渡される。すぐに帰りそうな様子に慌てて引きとめ、興之助は代わりに伽藍宛の手紙を渡した。
その使いを見送ってから、小袋を振ってみたらチャリンと音がした。
「そつのない姫様で」
興之助は苦笑いしつつ、手紙を開く。
柔らかいが癖のある字の手紙は、準備が出来たら連絡すること、衣装の一そろいを用意して送るようにだけ書いてあった。
さすがにそのままの服では目立ちすぎることは気がついたようだ。それを用意するのが、興之助に負担を強いることも。
「……小娘、だと思ってたんだよな」
最初は幼さが目立つ姫君だった。
それが今や油断ならないと興之助に思わせるまでになった。彼の前では無防備に笑うが、もうただの箱入りの姫君ではない。
会うたびに変わっていく姿をいつまで見れるのだろう。
子供でいてくれれば良かったのに。
それが、興之助の本音だった。時は待ってくれないものだと知っても。
「覚悟、決めなきゃいけないんだよな」
たぶん、それは、とっくの昔に決めたはずのこと。
彼は頭を小さく振ってから妖ノ宮から渡された小袋を開いた。
「……金銭感覚、おかしくねぇ?」
思わずぼやくような額が入っていた。小判数枚。一体何を買おうというのか。とりあえず、両替からだろうか。
一枚だけ小判を持って町に繰り出した。
厨房を覗くのは、妖ノ宮の日課といっても良かった。
最初は大人しく出されたもので、済ましていたがそのうちに足りない主張をするようになり、料理に注文をつけるようになった。
「あ。おいも。ちょうだい!」
といきなり言い出しても動揺されないくらいには顔見知りである。伽藍はいいこととは思っていないようで、渋い顔をするが妖ノ宮は気がついてないふりをしている。
おなかがすくことは悲しいことだ。
妖力を使う場合にはなおさらおなかがすく。普通の妖はそうではないらしいから、半妖の特別な体質なのだろう。
機嫌よく厨房から出てきた妖ノ宮の手にはいもが二つ。戦利品は庭で焼き芋にするつもりだった。
庭と森の境に枯れ枝や枯れ草がまとめておいてあることを彼女は知っていた。
その中から一山抱える。周りに燃え広がらないほど余裕をもって下ろすとその中にいもを隠す。妖ノ宮は指先に炎を灯し、枯れ草の山にそっと近づけた。
意思のあるように炎は枯れ草の上を踊り、火が移ると他の火と混じる。
背後でかさりと音が聞こえたのは、そのときだった。
「火打石がいらないって言うのは結構便利なのよ?」
振り返らず妖ノ宮は背後に声をかける。
「火遊びはほどほどにされたほうがよいですよ」
生真面目そうな声に少し、苦笑が混じっている。もう若くない男の声は、妖ノ宮のよく知るものだった。夜光と名乗るお庭番は、なぜか妖ノ宮のところによく現れる。亡くした主君が彼女の父親だったことは関係しているだろうが、それだけではないようだ。
使うあてのない情報だけが溜まっていくことに我慢ならない、らしい。
「伽藍みたいなこと言うのね。言いたいことはそれだけかしら?」
「先日の続き、とはいいましても、妖ノ宮の考えていた通り、という報告になりますが」
「そう。ありがとう」
そう伝えても背後の気配は、消えない。
「そういえば、お忍びで町に出られると聞きましたが」
「知られている時点で、お忍びでもなんでもないわね」
妖ノ宮は皮肉を返してみたものの夜光が知らないはずがないと思っていた。情報については、国内で右に出るものはいない。
「我らは職業柄仕方の無いことです」
それは笑いをこらえているような声だった。
意外。
口の中で妖ノ宮は呟いた。いつもなんだか仏頂面で、笑うことなど無いと思っていた。感情をあらわにすると思えないのは半分顔を隠しているせいだろうか。
素顔には興味がないが、どんな顔で笑うのかは少し興味がある。
妖ノ宮は振り返りたい衝動をこらえつつ焚き火を長い棒でつついた。
「なにごともないと思いますが、遠くより護衛をつけます」
「ありがとう。でも、どうして?」
「貴方が、うっかり興之助殿を殺してしまわないように、です」
「は?」
「冗談ですが、あの男は何をするかわからないので、用心のためです」
「冗談って……」
「この間は怒っていらしたので、不埒なことをされて丸こげにされても困ります」
「丸こげなんてしませんっ!」
夜光は私のことをどう思っているのだろう。妖ノ宮は頭を抱えたくなった。夜光は真面目そうな口調だが、どこかからかいが混じっていることに彼女は気がつけなかった。
「怒らないのですか?」
「……それは、怒ると思うけど、焦がしはしないんじゃないかな。貴方になら見られてもぜんぜんなんとも無いのに」
伽藍でも平気な気がする。むしろ、伽藍のほうが逃げそうだ。
それに夜行はなんともいえない顔で、答えた。
「それはつまり男扱いされていない、ということですね」
妖ノ宮は押し黙り、顔を赤くした。
いつでも準備完了と衣装とともに知らせが届いたのはそれからさらに数日のことだった。