その男、未来を語る<前>

「宮様がお呼びです」
 そう妖の使者が興之助を元を訪れたのは、前よりも間が開いた。正直忘れられたのかと思っていたところだ。
 妖ノ宮はまず、自分の都合の良い日を連絡してくる。突然呼びつけるようなことはしないのは、育ちがよいからなのか、それなりに気を使われているのか。
 明日伺う旨を使者に伝え彼はため息をついた。
 こんなはずではなかった。
 未来が見えるといってもこんな己の姿を想像したこともない。
 そもそも、未来を知っているとしても、見てはいないのだから。冷徹な情報のみを指針として、違えぬように告げるのか、変えるのか。
「……本当に罪作りな方ですね」
 思ったよりも苦い自分の声音に興之助は苦笑するしかなかった。

 予定通りに翌日、興之助は伽藍の屋敷へと足を運ぶ。山奥ではあるが、人の侵入を拒むほどではない。人と妖の中間地点といったところだろうか。このあたりまでなら地元の猟師くらいなら足を踏み入れているだろう。
 途中、妖に出会うこともなく屋敷にたどり着いたときには、この屋敷の警備はどうなっているのかと謎に思ったものだ。
 だが、それは誤りだと気がついたのは前回来たときだった。
 興之助は立ち止まり、近くの気配をうかがう。鳥のような妖が視界の端をかすめる。怪しまれないうちに汗をぬぐう仕草でごまかし、また歩き出す。
「ご苦労なことで」
 普通に歩く分には妖の姿を見ないのは、妖ノ宮から来客の知らせがあったからと推測できる。そして、監視されているのもまた、知らせのせい。
 得体の知れない来客を警戒し、その動きを監視するのは不思議なことでもない。伽藍や妖ノ宮の立場を考えれば当然とも言える。興之助にとっては多少、不快だが。
 ただ、勝手に動向を見ている節があるのが気に入らない。
 伽藍個人は興之助に監視をつけようとも思っていないだろうし、妖ノ宮はそこまで重要視していない。
 おそらくは部下の独断といったところだろう。それに伽藍は気がついていなそうな気がする。言葉を疑うことを知らないような到底年上とは思えない妖だ。
 個人的な付き合いだけなら良いヤツで済むが、妖ノ宮がやる気になったら、止められないだろうと想像がついてげんなりした。
 興之助が取りとめもなく考えている間に屋敷の門にたどり着く。
 今日は開門してあり、昨日の使いの妖が立っていた。おわんのようなものを被った、たぶん、女。
「お待ちしておりました」
 案内されたのは妖ノ宮の私室のようだった。程よく散らかっていると表現するのがふさわしかった。
 積み上げられた本の横に文机があり、書類が乱雑に積まれ混沌の様相を呈している。一方で、書棚には几帳面に並べられた本と茶器が飾るように置いてある。
 妖ノ宮は火鉢のそばでやかんの状況をみていた。
「お呼びにより、参上しました」
「久しぶりですね。お饅頭、どうぞ」
 煎茶でよいかしらと言って彼女は機嫌よくお茶の用意を始める。興之助は火鉢のそばに腰を下ろす。該当の饅頭を見て彼は顔をしかめる。
 確かに真白い酒饅頭が皿に盛ってあった。
 興之助はその饅頭に見覚えがあった。白い饅頭の有名店は豪徳屋という。通常より質のいいお菓子は、あの店で一番良心的に見える罠だ。
 質の良さを繰り返し覚えさせ、何か必要になったときに思い出してもらおうという作戦は意外に好調らしい。
 しかし、その作戦の結果としてここに饅頭があるわけではない可能性が高い。妖ノ宮はこの国の主になるかもしれない人ならば、向こうから接触してきたと考えたほうがありうる。
 興之助はため息をついた。
「これ、どうしたんだ?」
 妖ノ宮は微笑んで問いには答えない。なるほど、都合の悪いことがあるということか。興之助は、豪徳屋がただで饅頭のみをよこしたわけではないことをほぼ確信した。
 興之助はじっと彼女を見る。笑ってごまかそうとしても、ごまかされてやらない。この先も。
 その凝視っぷりについに妖ノ宮は視線を逸らした。
「……もらったのよ?」
「調子に乗ってもらいすぎるなよ。自分で買えるんだろ」
「はぁい」
 妖ノ宮は大人しく返事をするも不本意です、という顔を隠さない。それでも、彼の目の前に煎茶がいれられる。不吉なほど濃緑なのは意趣返しだろうか。
 興之助は見た目どおりに苦い茶を口に含む。
「他のおじさんにも怒られた」
 吹きそうになった。興之助は吹き出す不名誉は避けたものの咳き込む。
 大丈夫? と心配してくる妖ノ宮がしてやったりと一瞬笑ったことを興之助は見てしまった。
 微妙に進化している。
「……おじさんって俺もか」
 いささかのためらいもなく頷かれた。
 こんな風に笑って頷かれたらどんな天然男でも心が折れそうになるに違いない。興之助は自分でも気がつかず肩を落としていた。
 少し、心配したように妖ノ宮は興之助に手を伸ばす。肩に触れようとさまよい、何事もなかったように饅頭をつまんだ。
「冗談よ」
 もうそんな冗談やめてくれと思うくらいには、微妙なお年頃なのだ。これでも。
「もう呼ばないわ。夢路にさっさと鞍替えしているのだもの。これは貴方と一緒に食べたいなぁと思って呼びつけたの」
 それがどれほど真実を含んでいるのか興之助にはわからない。ただ、確かに妖ノ宮は彼に対して多少の好意は持ってくれているようだと理解できる。
 それ以上は、正直理解したくなかった。

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