贈り物の詳細と茶室について
次に興之助が呼ばれたのは、四巡りもあとのことだった。お茶をたててあげるわ。そう言って妖ノ宮は茶室に誘う。
しかし、彼女が案内した場所は荒れ果てていた。
「こりゃひでぇな」
屋敷より少しはなれた場所に茶室は建っていた。茅葺きのこじんまりとした建物だった、はず。回りを覆っている雑草の類は鎌で刈られているが、おおよそ手入れされたとはいえない。漆喰の白壁は薄汚れ触ると手が黒くなりそうだ。
「でしょう。でも、他に頼める人もいないの。一緒に掃除しましょう?」
みれば入り口に茶釜や道具と一緒に桶と布が置いてある。
妖ノ宮はたすきがけをしてやる気である。興之助は肩をすくめてお手伝いすることにした。
「伽藍は掃除なんかしたことないって言うし、他の妖はここの使い方すらしらないの」
彼女は不満げに箒で茶室の中を掃く。
苦笑しながら興之助は外の蜘蛛の巣を払っていた。
妖に茶室が必要か、というのは種族による気もする。だが、伽藍のそばにいるものは比較的好戦的であることを考えると使わない気がする。そもそもなんであるのかと疑問を抱く。
とりあえず、建物を建てるときに作ってみました。という線が濃厚だろうか。
ふたりがかりでも、どうにか落ち着ける程度の掃除が完了するころには昼は過ぎていた。
女官に用意させたおにぎりをおいしそうにほおばる妖ノ宮は、年より幼く見える。この国の誰よりも大事に守られていた姫君。どこにも、未来を感じさせることのない。無害そうな横顔。
「全部食べたりはしないわ」
「いや、これは普通の量なんだな」
「いつもおなかがすくのは、半分、妖だから、なのだそうよ」
澄ました顔で言うと彼女は興之助に茶釜に入れる水を汲むことを命じた。
彼が戻ったとき妖ノ宮はお茶をたてる準備をしていた。確かにおにぎりはのこっている。ひとつだけ。興之助は笑ったことを悟られないように咳払いをする。しかし、睨まれたところをみると遅かったらしい。
「お茶をたててあげるわ。そこに座って」
なんでもない様子で火をつけるとお湯が沸くまでに、道具をそろえる。
「ところで」
今日のおやつは干菓子なのだなと目の前に出された菓子を口に放り込む。じんわりと甘さが溶け出し、抹茶の苦味が恋しくなる。
「あのかんざしはどこで買ったの?」
抹茶を待つ興之助に妖ノ宮は問う。
「あん?」
「にいさまの趣味ではないもの。それに私一人に贈られたのならなおさら怪しい」
「買ってねぇって! あれは継義様から預かってたの!
だいたい、どうして、あんただけに贈られたと思うんだい?」
「聞いてみたのよ。貴方が他の兄妹のところにきたのか。誰も会ったことがないと言ったわ。
どうしてかしら? 他の若四獅も何も持ってきてないというし」
四巡りもそんなことを調べていたのだろうか。興之助は呆れる。ただの、一本のかんざしごときでなにをしているのだろう。それほど、暇なのだろうか。
「どうぞ」
流れるような動作で目の前におかれる。
「ねぇ、興之助? わかる嘘はダメよ?」
柔らかな微笑みに興之助は相手がただの小娘ではないことを思い出した。
「……わかった、わーったよ! 白状しますよ!豪徳屋で買いました!」
「豪徳屋?」
「豪徳屋はいわゆる何でも屋だな。本物だか偽者だかわからんものを本物か偽者かわからんような値段で安く売ってくれる」
「ふぅん?」
「あのかんざしは本物だよ。いや、マジでマジで」
「そう。なら、あなたからの贈り物ってことになるのね」
そう指摘され興之助は言葉に詰まった。なぜと問われたら答える言葉はない。しかし、迂闊に何か言えばそれは墓穴にしかならない。どうやって逃げるべきか。そう思案する興之助を気にも留めず、妖ノ宮は自分用のお茶をたて口に含む。
「苦い」
そう言って思い切り顔しかめて干菓子を口に含む姿は、どこか子供っぽい。興之助の笑いを誘うほどに。
「やっぱり、おまんじゅうのほうがいい」
眉を寄せそうのたまった妖ノ宮にちょっと不吉な予感がした。
豪徳屋の奥の手は、まんじゅう、だったな。と思い出したのは、それから数日後のことだった。